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ホスピスで親を看取る

fc2ブログ「浅間山麓徒然日記2」からの抜粋版。77歳の父の胃ガン悪化からホスピス入院で逝くまでの看護日記です。

ホスピスで親を看取る その18

今は、階段を降りて踊り場に着き落ち着いていたのが、また一歩降り始めたというところだと思います。

で、私からご家族にお願いしたいのは、「その時」を探そうとしないで欲しいんです。
周りの人間が「もう危ないんじゃないだろうか」と感じて、いつもより余計に多くの人がいたり長くいたりすると、患者さんからしてみると

おい、仕事の方は大丈夫なのか? ほら、こんなに長くいて子供達の面倒はどうしたんだ?

と、自分が周りの重しになっていて安らぐことができない、安心して逝くことができないのではないかと考えています。

実際、「また明日来るからね」と言葉を交わして1時間後にお亡くなりになるとかされると、「なんでもう少しいてあげなかったんだろう」と嘆く遺族の方がいらっしゃいますが、そうではなくて「もう逝ってもいいんだ」という時を感じたからお亡くなりになった。自分で、あっちの世界に行ってもいいんだと思えたから亡くなられたんだと捉えて欲しいのです。

つまり患者さん本人は嘆いていないのだから、家族の方がその場にいることは望ましいかもしれませんが、もしいることが出来なかったとしても嘆かないで下さい。ああ、向こうに行くことが出来たんだなぁと思っていただけると、患者さん本人も満足するのではないのかなぁと、私は考えるのです。

父の会話や動きがゆっくりしてきたので、今後の見通しと対処方針の確認をお願いした話し合いの場で、医長の先生はこうおっしゃいました。

実際、父はこの日から5日後に亡くなりました。
亡くなるのに二つの山があって、二つとも病院から呼び出しがあり、二つ目は佐久から何回目かの私の家族を呼び寄せて、もう生きて会うのは最後になるが今日はこんなもんだよなぁと思いながら、帰らなくっちゃと言ったものの忘れ物を探して実家と病院をウロウロ移動しているうちに呼び出しがあったのです。
ということで、最後の日には私の家族も病院にいることができ、結果として私の母と子供(孫)が「その時」に立ち会ったこととなりました。

あれ、おじいちゃん、静かだねぇ。目つむっちゃったよ。

ホントだ。静かだねぇ。あれ、息してないよ。

後で子供に、

パパ、夜爪切ったでしょう。

うん、全く気にせず切っちょります。

私は「その時」にいなかったことを全く後悔していません。
ひとりで逝くことさえ考えられたのに、結果は母と孫をそばにして旅立つことが出来たのですから。

「その時」の可能性を知らせてくれた佼成病院ホスピス病棟の看護婦さんにも感謝です。
まさに「先達はあらまほしきものなり」。死と縁遠い日常では、「危ないかもしれない」というアドバイスは貴重です。「在宅」だったら「???」だらけで見過ごしていたかもしれません。

それと、私の妻にも感謝です。ほぼ、父業放棄で息子業に専念させてくれたわけで、私の家族の諸事万端をひとりでこなしてくれて、

本当にどうもありがとう

です。

明日に続く。

English Version

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  1. 2008/11/24(月) 07:02:15|
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