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ホスピスで親を看取る

fc2ブログ「浅間山麓徒然日記2」からの抜粋版。77歳の父の胃ガン悪化からホスピス入院で逝くまでの看護日記です。

ホスピスで親を看取る 最終回

私の父は大学病院で余命宣告を受けてから1ヶ月半ほどでホスピス転院し2ヶ月の後に亡くなりました。

ホスピス転院は自分でも結果的にうまくいったと思います。
そこには転院に至る道筋の中で、良い方向に導いたポイントが三つあったと思います。

一番目は、告知後にホスピス面談の予約を直ぐとったこと。
二番目は、ホスピス入院待機となった時に在宅療養以外の選択肢があったこと。
三番目は、転院まで大学病院が通常以上の長さで入院を許容してくれたことだと思います。

振り返ってみると、ホスピスの面談予約から実際の面談まで2軒とも1ヶ月の間がありました。ホスピス入院要件余命6ヶ月以内での1ヶ月ですから、この期間は大きいですよね。
実際、私は前に記した2軒だけではまずいのではないかと思って、後から杉並区荻窪の東京衛生病院にも面談予約の電話をいれたところ、予約受付開始日は月一回平日と決まっていて、大抵その日の午前中にいっぱいになるんだとか。結局、キャンセル待ちのリストに加えてもらい、結果としてお世話になることはありませんでした。

3軒とも予約の際に「他の病院と二股掛けますがよろしいですか?」と一応の仁義は切りましたが、皆当たり前と言わんばかりに「ええ、どうぞ」と言われ、入院を希望する側はあなた一筋ではラチがあかない事情を証明するかのようで、それだけに「面談予約」の初動が早いか否かが大きいと思います。
私のように、極端な話し本人の意志確認など待たされている1ヶ月の間にゆっくりやればいいのですから。
キャンセルについてのペナルティーもないことですしね。

二番目は、緩和ケア医療のできる一般病院を大学病院から紹介されて、その存在を知っていたこと。
最初面談したホスピスでは、父の順番は遅く在宅療養を提示され、そのホスピスが連携している訪問看護ステーションはなんと実家からそのホスピスを軸に全く反対側に位置し、車で3~40分。実家の側には紹介出来るところはないとのことで、

大学病院・一般病院→ホスピス

の「→」の中に含まれる時間帯(下手をすると数ヶ月~転院間に合わず)にどうするかは大きな問題だと思います。
もし、緩和ケアの出来る一般病院を知らなかった(結果として使いませんでしたが)なら、そのままホスピスと連携した訪問看護ステーションを、私達家族が在宅で看護が出来るかもわからないまま選んでいたことでしょう。

もっとも、父が死んだ後にNHK総合でホスピス病院上がりの在宅訪問専門の横浜市の医師のドキュメンタリーを見ました。もしかしたらあなたのお近くにはそんな医師がいるのかもしれません。(世のホスピスの数からすると、OBで活躍する人も決して多くはないんでしょうけれど。)

三番目は、

え?普通3週間で出て行ってくれですよ

と言われたくらいビックリされた、大学病院の受け入れ期間の長さです。

痛さが引く目処が立つこと無しに、決して追い出すことなんてしませんから。

私に「誰もわからないんだから、あと何ヵ月とは言わない」と余命宣告を肩代わりさせた先生の父に言った言葉です。

この先生も、良くも悪くも誠実だったのでしょう。ホスピス転院までののらりくらりに嫌みも言わず置いてくれた慶應大学病院が、療養支援室のサポートも含めて父のスムーズなホスピス転院の功労者だったなぁと思います。
いろいろお世話になりました。どうもありがとうございました。

あと、内容としては恵まれている例で長々日記に付き合わせてしまい、今現実に在宅で困っている方の参考にはなれず申し訳ないです。
転院前、ホスピスをこちらが持ち出す前は「在宅」での訪問看護が基本のようなニュアンスで病院側から退院するよう話しを切り出されました。
ここ何年かで、急速に治癒の見込めない患者さんは病院から閉め出されているようです。なにも病院が死ぬ場所と決まっている訳ではありませんが、家で皆が皆何も苦しまずにすぐポックリ死ぬはずもなく、「その時」まで生きている人をどう看護するかは大きな問題だと思いました。

では、やっと今日で終わりです。

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  1. 2008/11/24(月) 07:00:05|
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