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ホスピスで親を看取る

fc2ブログ「浅間山麓徒然日記2」からの抜粋版。77歳の父の胃ガン悪化からホスピス入院で逝くまでの看護日記です。

「ホスピスで親を看取る」を独立させる

お越し下さった皆さん、こんにちは。私は KUNIE と申します。


長野と東京の二重生活をおくる、どこにでもいるサラリーマンです。

年齢は40代ということから両も平均的といいましょうか70代で、そろそろ私の祖父が死んだ歳に近づいてきたかなぁ~という時に平成20年の春に父を 胃ガン で亡くしました。

その時のことを自分のブログ 浅間山麓徒然日記2 に四十九日が明けた後に連載したのですが、ブログ自体はお気楽口調で進めてきたことと、ブログの性質上過去の記事は段々とトップページから奥へ奥へと追いやられていきます。

また、そろそろブログを引っ越そうか(浅間山麓徒然日記3)と考えたのをきっかけに、その前にこれを独立して読みやすいように頭から読み進められるよう組み替えました。


実は父を亡くす前年に、姉を大腸ガンで亡くしており、その姉がホスピスに入って逝った経験が私を、そして父の気持ちを後押しして、ホスピスで安らかに逝くことができました。

ご覧いただく方がもしガンを患っている、もしくはお身内にガン患者がいるといった方が多分お見えになるんじゃないかなぁと思いますが、

これは、あくまでもどこかにいた70代のおじいさんがホスピスで逝った

という記録でしかありません。


皆さんの参考にはなるように書いたつもりです。でも、皆さんそれぞれの環境は異なると思います。
どうか、闘病でがんばる方も、そうでない安らかな日常に向かう方も、それぞれに良かったと思える道が開けることを希望しています。


◆お断り
 
 ・完結させたブログのため、コメント、トラックバックへは対応しておりません。
 
 ・基本的に更新しないので、FC2が30日未更新のブログに入れる広告を防ぐため、簡単なメッセージを冒頭に定期的に入れることをご了承ください。


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  1. 2008/11/24(月) 11:22:15|
  2. 未分類

ホスピスで親を看取る その1

5月10日の日記でもお話ししましたが、今年3月に父が死にました。享年77歳。胃ガンでした。


5年前くらいにその当時の会社で厚生関係を担当した時に知った厚生労働省の平均寿命の発表が、確か男性77歳、女性84歳だと記憶していたので、

まぁ、人並みだな。俺も40代だし、が死ぬのに何の不思議もないわな。俺のじいさんが死んだ年に父も40代だったしね。

と自分を納得させるのにそう時間はかかりませんでした。


個人的な感情は私だけのものなので、特にその変遷をペラペラ喋るつもりもなく、ただ最近の余命宣告から病院で死ぬこと事情を綴って、ほんの一例ではありますが、これからの自分の身の上に待ち受けている方のお役にたてばと思う次第です。
下書きしていくうちに結構なりそうな感じになってきたので、途中中休みを入れながら進めていきましょう。


今日は手始めに話しの全体のデータを列記して、その折々に感じたことなどは、明日以降から綴り始めます。
特に、こんな状況とはしばらく縁がなさそうな人には申し訳ないのですが、日記なのですみません。中休みを設けますので、そちらをお楽しみにして下さい。


父=享年77歳。平成20年3月死去
母=75歳
私=40代(サラリーマンでフツーのオヤジ)
私の家族=色とりどり

父の病状進行
(1)19年2月の胃カメラでガン発見。
(2)5月の検査で胃の表層だけでなくリンパ節までの転移を発見。切除手術中止。抗ガン剤治療開始。
(3)11月に背骨の圧迫骨折東京都新宿区の慶應義塾大学病院に入院。
(4)12月に慶應義塾大学病院で内科医より余命宣告。
(5)平成20年1月、東京都中野区の佼成病院ホスピス病棟転院。
(6)3月、佼成病院にて死去。


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  1. 2008/11/24(月) 07:28:35|
  2. 未分類

ホスピスで親を看取る その2

さてさて、それでは昨日の日記に列記した順にコメントしていくことにいたしましょう。


父は糖尿病の持病があって慶應義塾大学病院に通院していたのですが、昨年春に主治医が転出するので胃カメラを念のために飲んでおきましょうということで飲んでみたらガンが見つかったというのが事の始まりでした。

自覚症状がなかったのと、医者も瓢箪から駒だったので

見つかって良かったですね。

と言われたのが災いして、本人はすっかり初期ガンだと思ってしまったわけです。


それからリンパ節への転移がその後の検査でわかって、そこが手術に難しい場所なので外科手術はせず抗ガン剤で病巣が小さくなるのを待とうということに。
実はこの年の暮れに、抗ガン剤治療が始まった時点で末期手前で生存率が云々される「ステージ3」(4が一番上)であったと医者から聞かされたのですが。

ガン剤治療が始まっても「眠気」以外の副作用がなく(普通は人によりますが、めまい、吐き気が凄いそうです。)、もともと痛みなどなかったものですから、本人は治療を真面目にやれば五分五分ぐらいの確率で後何年かは生きられると思っていたようでした。


私も気になって昨年夏に定期診察についていってみたのですが、治療方針の考え方を確認しただけだったので、そもそも父がどのステージにいるかの確認を漏らしてしまうことに。
「自分は初期だ」という思い込みは父をガンによる死の恐怖からかなり遠ざけてくれましたが、逆に動ける時にしか出来ない事(例えば故郷の九州に帰ることとか)のチャンスを逃してしまったことになったわけです。


今は生死の行方を含め、病状の本人告知は当たり前と思い込んでいましたが、それが正確であるかどうか患者本人以外の客観性が必要だったなと今は反省しています。

明日へ続く。

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  1. 2008/11/24(月) 07:27:40|
  2. 未分類

ホスピスで親を看取る その3

11月になると、父が腰が痛いと言って寝込んでしまいました。


腰の両脇が痛いんですね。片側一ヶ所だけならガンによるものであることが考えられるんですけど、二ヶ所同時ですからねぇ。

2度目の受診に付き添った時、そう言う内科医の言葉に「そうですよねぇ」と同じように「?」状態のまま、前回より効力アップの医療麻薬級の強力痛み止めをもらって帰ったものの全くダメで、「どうしても痛い」ということで緊急入院(個室1日3万円なら空いているという条件を泣く泣く呑んで)させて、治療と並行して検査してみたら

背骨の一つが圧迫骨折しています。

?????(父は何かに乗っかられたり挟まれたりなんかしてないぞ)


皆さん、背骨は複数のブロックのような骨と軟骨がつながって屈んだり反ったりできるのはイメージできますよね。
そのブロックのような骨の一つが、身体の重みや上の骨など周りの圧力に耐えられなくなって凹んでしまう状態なんだそうです。
金属疲労の骨版?別に跳んだり跳ねたりしないのに、ある日突然なるんかい?

ええ、お年寄りには多いですね。

病院の看護婦さんからそう言われると、妙に医者から言われるより納得感がありました。ふ~ん、そうなんだ。


私が呑気に納得するのをよそに、父の「痛い、痛い。」はこの後結果的にずっと最後まで続きました。なんでも、身体の痛みのなかで骨の痛みが一番強いそうです。

調子が悪い時には抗ガン剤治療の錠剤は止めてよしが医者からの指示でしたが、とても続けられる状態ではなく、いったいガンはどうなってるんだろうという思いを置き去りにして、父の痛み止めの措置は試行錯誤を重ねながら続きました。

明日へ続く。

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  1. 2008/11/24(月) 07:26:41|
  2. 未分類

ホスピスで親を看取る その4

父が入院し、現状と治療方針のレクチャーを病棟担当の主治医から受けた時に言われた言葉が


とまぁ、圧迫骨折はこのように砕けたところが固まるのを待つしかないわけです。痛みは今がピークで、固まってることによって少なくなります。
次に、お父さんの胃ガンの件がご心配なわけですが、残念ながらはっきり言って長くはありません。1年は無理。もって半年。更に早まることも考えられますね。
病状が治療によってこれ以上治癒する見込みがありませんので、治癒させることを目的とした特定指定病院である大学病院で引き続き受け入れていく事が難しいので、訪問診療による在宅療養か、受け入れてくれる別の転院先を探すことを検討なさって下さい。今日はその事もあって「療養支援室」のスタッフも連れてきています。

え?!

「聞いてないよ~!」はダチョウ倶楽部のネタでしたっけ。悪い冗談だろってか、何をどう捉えて行動に移さなきゃいけないのか、よくわかんねぇぞ。
短くなったとはいっても今すぐ死なないのはわかったが、早々に出てけとはどういうこった。父は起き上がることすらままならない病人であることは誰が見ても明らかなのに。


私の頭が混乱している脇で、療養支援室の看護婦さんが

在宅ケアを受けるにしても、今からでは年末年始の休みにかかりますし、年明け迄はこちらにいることを前提にしなければ、患者さん側に無理があると思います。

と、助け舟を出してくれました。

あんた、いい人だぁ!

これが昨今噂に聞く健保改悪による患者退去勧告かいと思いながら、ダメとわかれば昨年大腸ガンで死んだ姉貴の時と同じホスピス転院だなっと、私はオートマチックにスイッチが入ってしまったのでした。

明日に続く。

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  1. 2008/11/24(月) 07:25:47|
  2. 未分類

ホスピスで親を看取る その5

父をホスピスに転院させようと思い立ったのは、姉が昨年ホスピスで亡くなった経験によりますが、ホスピスとは積極的なガン治療はせず、疼痛(痛みの除去)コントロールが中心で、結局人は死ぬから楽に死にたいという人向けの施設です。


しかしホスピスは希望者が多く「待機」が常識だそうで、んじゃ慶應の医者がレクチャーで触れた

・別の受け入れてくれる病院を探す。
・疼痛コントロールでも抗ガン剤治療でも訪問診療を受け在宅で過ごす。

を考えにゃあならんのかなぁ?
なんというか保険診療の点数の関係か、医療制度が「入院」から「在宅」への転換が今のご時勢であるかのように提示されました。
要するに、直らんやつは病院にいるな、長患いはお断りという感じですね。


ホスピス転院に向け動き始めるのと並行して、脚の不自由な母と昼間勤め人の私の二人で「在宅」で末期ガン患者を訪問診療で看護するって「あり」ですかねぇ?と療養支援室の看護婦さんに相談したら

無理!

と、はっきり告げてられました。


じゃ、今の父のような、圧迫骨折の痛みは引いてくるとして、それとは逆にガンの痛みが増加してくる人を面倒みれる一般病院てありますか?との問いに

あなたの実家のような東京の西の方なら中央線の西荻窪に一軒ね。

一つ?一つだけですかぁ?

そ、そこしかないわ。ホスピス並みにちゃんとできるところはね。

(ムムム、ホスピスのハードルも高いのに、バッファーも1つだけかい。)

トホホな思いを感じながらも、ネットなんかじゃ値踏み出来ない確かな情報で選択肢が少し広がったことをよしとしたい(もともといい事自体が少ない状況なわけだからね)と思いましたとさ。

明日に続く。

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  1. 2008/11/24(月) 07:24:41|
  2. 未分類

ホスピスで親を看取る その6

今日の最初にお断りしておきたいのですが、今まで淡白に書いてきたこともあって、慶應病院は冷たいところというような印象を受けられたかもしれませんが、現行の医療制度下での大学病院が末期ガン患者に冷たいのであって、慶應の消化器内科病棟の個々のスタッフは、とてもよく働き優しい気持ちのいい人たちが多かったでした。

そして、消化器内科病棟のスタッフ以上に助けになったのが、ここの病院の療養支援室の看護婦さん。


父は慶應には昨年11月から今年1月までお世話になったのですが、その間、転院に向けての現実の状況と私の家の事実から考えてやるべきベストの道を、その都度身に一緒に考えてくれましたね。
療養支援室というソーシャルワーカーの仕事が専門の部署で看護婦さんの経験を持ち働いていらしたので、「在宅」「転院」など慶應病院から出た外の環境での実際の看護について詳しかったのが何より助かったのです。

どうしても病棟の看護婦さんだと、入院したベッドにいる患者を患者の家族がどうできるのか?、というその二つ以外の外部要因を含めて考えてくれることの難しさ、外部支援の最新情報の不足など、病棟のナースではこういった側面がどうしても劣るのでした。

こんな、私を支援してくれる人に助けられながら、転院に向けてバタバタと走り回ることとなったのです。
皆さんも患者の家族となると、大きな病院でない場合は事務課の中にソーシャルワーカーに助けてもらうことになるのでしょうが、事務方上がりのワーカーさんだとしたらナースとしての知識・経験がある方からのアドバイスもあると、よりこちらの情報の絞り込みが楽になります。是非そういう人を見つけるとよいでしょう。

明日へ続く。

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  1. 2008/11/24(月) 07:23:41|
  2. 未分類

ホスピスで親を看取る その7

さあ、ホスピス探しです。

さてさて、東京にはどれだけのホスピスがあるのか?

ネットで「ガン ホスピス」なんて入れてクリックしてみると、大抵「国立がんセンター」のホームページが若い順位で出てきます。

がんセンターはガン専門の医療機関として機能していますが、治療だけでなく研究・広報にも力を入れているので、ここを見にいけば「ガン」に関する基礎的な知識習得は済んでしまいます。安っぽい本を買うなら、こちらを見にいくことをお勧めしますね。

で、ここのホームページの一角「がん情報サービス」から都道府県別のホスピスのリストを見ることができます。私もここから探しました。

今、緩和ケア病棟(ホスピス)として東京都でアップされているものだけで全部で18病院約342病床(うち聖路加病院は現行化されてなかったので20と仮定しました)です。


さて、この数字をどう捉えたらいいのでしょうか。数字の遊びになるかもしれませんが、ちょっと計算してみましょう。

今年3月の都民の推計人口が約1千2百万人。平成14年の厚生労働省の人口統計で日本の人口は約1億2千万人。日本の1/10が東京にいると仮定し、ならば日本のガンで死んだ人の1/10も東京で死んでいると仮定します。

平成14年の厚生労働省・人口動態統計におけるこの年の死亡数は約98万人。これの死因トップは悪性新生物で約30万人。第2位は心疾患約15万人。第3位脳血管疾患12万人。第4位肺炎約8万人。
三大疾患のうち、心疾患と脳血管疾患は、死が徐々に迫る病としてホスピスに入院するのが個人的にはイメージ出来ない(救命救急室とかリハビリ病棟とかじゃないですかね)ので、ここでは便宜的に対象母数に入れないこととして、30万人のうち10%の3万人が東京で死ぬホスピスを求めるガン患者の想定出来る最大数とします。

もちろん、この数字は年間計なので月により死亡数にも上下がありますので、ホスピスに入るという視点から見た場合、仮に父と同じく入院2ヶ月で死去するのを平均と仮定すると、病室は年間6回転するので3万人を1ベッド6人迎え入れられるから6で除して5千人がある時期における入院希望者となります。342ベッドを5000で除すると6.8%が答えです。

これは全くおおざっぱな仮定に基づくものですが、ガン患者の全員がホスピス入院を望む訳ではないという競争率のマイナス要因もあれば、余命6ヶ月以内が入院要件なので他の疾患の人だって入院を希望するだろうだとか、がん情報サービスの同じページで千葉県=4病院、埼玉県=2病院なのでこれは隣県からも流れ込んでくる要素大だろうという競争率のプラス要因もありな訳ですから、単純に100人希望者がいて希望が叶うのは7人弱というのはあながちハズレではないように思うのですが、いかがでしょうか。

明日に続く。

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  1. 2008/11/24(月) 07:22:40|
  2. 未分類

ホスピスで親を看取る その8

最初の医者からの我々家族への余命宣告が12月の上旬。その時点で、父の意志など確認するタイミングなど測っている暇など待ちきれないので確認は後付け、さっさとアポ取り開始です。

私がホスピス探しに入って看病に通う都合から考え出した候補が都内18軒中

・救世軍ブース記念病院=20床(杉並区和田)
佼成病院=12床(中野区富士見)
東京衛生病院=24床(杉並区荻窪)

の3つ。

このうち東京衛生病院は、随分前からホスピスを併設した実績とJR中央線荻窪駅が最寄り駅(前の2軒は地下鉄丸ノ内線の支線の中野富士見町駅)であることが人気で競争率が高いとの噂を聞いたので、上の2つがペケの時に他の病院とともに第2陣としてこの段階ではアプローチしませんでした。


で、12月上旬の電話で予約が取れたのはブース記念病院が1月11日、佼成病院が1月18日といやはやこれだけで1ヶ月の消化!

しかもこれは面談であって、向こう側の値踏みにより「この患者は何番目」と並んだ順ではない病院側の順位がつく訳だから、まだまだ先が見えまっしぇん。

これじゃ手詰まりかも?と、ホスピスの見通しが暗い場合に備えて、慶應の療養支援室から紹介があった西荻窪の病院も1月18日にアポを取り付けました。

どこも平日に面談日が設定されていたので、仕事を半日休まねばならず、一時期に幾つも掛け持ちするのも限度があるなというのが正直な感想です。


今日の最初に記した医者の余命宣告は入院している病棟の主治医からのものでしたが、父が通院していた外来の主治医からもこの時期に話しがありました。


お父さんはかなり悪いです。

それは病棟の先生のお話しより悪くなっているということですか?

一概に余命何ヵ月と言っても絶対ではありません。1ヶ月の場合もあるし6ヶ月の場合もあります。こればかりは終わってみなければわからないのです。
後何ヵ月と言ったことで、その前後で患者さんの体調がガクッと落ちることがよくあります。
ですから、私は患者さんに後何ヵ月とは言わないことにしています。

(インフォームドコンセントの時代に化石のような人だな。)

では1ヶ月と6ヶ月の間を取って「あと3ヶ月」を目安とすればいいですか?

ええ、そうとってもらっても結構です。

(やれやれ)


このやり取りで、私は父にホスピス入院の意志確認をするだけでなく、医者に代わって直接余命宣告までする羽目になってしまったのでした。

明日に続く。

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  1. 2008/11/24(月) 07:22:33|
  2. 未分類

ホスピスで親を看取る その9

(じいちゃん、あのさ...)
いかん!ダメだ。うまく切り出せない。


この頃にはバカ高い個室を出て、4人部屋に移っていたので、カーテンで仕切れるものの物音が雑音に聞こえて、とても人生の最終コーナーの場にふさわしくない。

そこで看護婦さんに頼んで診療用の個室を貸してもらい、車椅子で父を連れ込むことに。


良い話しなら自分のベッドの脇でも出来る訳ですから、父の関心はどの程度の悪い話しであるかという様子でした。
私が父の病状経過説明とともに余命宣告を受けたこと、長くない以上の明確な提示がなかったが転院の選択肢としてホスピスが上がったこと、これすなわち入院要件である余命6ヶ月の範囲に入っていること。

父の顔色を見ながら、出来るだけゆっくり話しました。自分の言葉が誤解を生まないように。


じいちゃん、俺実はホスピス探しにもう動き始めてるんだ。最後まで痛いの、じいちゃんやだろ?
もちろん、その方向ではない道を選ぶならご破算にしても問題ないようにはしてあるけど。


そうか、そんな時間しか残ってないんだな。
見つかった時から1年はなんとか過ぎるかなと思っていたんだけど。
うん、それでいい。ホスピス入院の線でやってくれ。ありがとう。ありがとう。


それまでお互い視線をやや外して話していたのですが「ありがとう」と言っているところで父の目を見ると、涙こそ出ないものの、目は赤く充血して

かーっ、この場の俺って間違いなく日本一の不孝者!

しんどい役回りだなぁと凹んでいるそばで父は


いやな、この前の教授回診の時に私の担当医が教授に

この患者さんは現在「ステージ4」です

って言うの聞いちゃったんだよな。
(バッカヤロー!入院直後に「ステージ4」は禁句で申し送りを忘れるなと念押ししたのに)
だから、どれくらいかはわからないけれど、圧迫骨折で入院する前から随分悪くなっちゃったとは感じていたんだ。
ありがとう。ちゃんと伝えてくれて。

......


多分、第三者が見たら非常に物わかりのいい患者に映ったことでしょう。
担当医の首絞めものの大チョンボも、考えようによっては神様がくれた前振り・露払いと言うところでしょうか。
父がこの間悩み苦しんだだろうことを考えると心が痛みますが、やはり誰しもそういった苦しみを経ること無しに、自分の最後の方向性のケリをつけることができないのではないでしょうか。

案外、患者さん本人が悩んでる時期が長くって意志が決まるのに時間がかかり、ホスピス入院の機を逸してしまう、そんなパターンも充分多くあり得ることだなと思った次第。

明日に続く。

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  1. 2008/11/24(月) 07:21:37|
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ホスピスで親を看取る その10

KUNIEさん、どうして私が渋い顔しているかわかります?


ここは、年が明けて20年の1月11日(金)の救世軍ブース記念病院の一室。ホスピス医長とソーシャルワーカーとの面談の場です。

余命宣告がありホスピス入院は相当であるとの慶應病院からの申し送りですが、私はね、お父さんは6ヶ月は十分に生きられると思っているんですよ。
そのためには、例えば尿道カテーテルの使い方も、ほらこのレントゲンで不必要に体内に溜まっているでしょう、これをなんとかするべきだし、便のコントロールも良くないですね。あと、どうしてこうして!?@:/...

(んなこたぁ知るかよ!こちとら医者に払う金を工面するのが仕事であって、父を良くするのはあんたら医者の側だろーが。こっちへ振ってくる問題かぁ?)


という訳で、治癒の見込みのないことを理由に退院を求められていることも、ホスピス入院を希望されていることもわかりましたが、こちとらしては希望者も多く、また余命もまだある方ですので、一旦こちらで受け入れて在宅の体制を整えられてから退院していただき、在宅診療を受けながら担当の医師の判断によって再度私達のところで受け入れさせていただくことでなら、こちらとしてもお受けする用意があります。


(ふ~む、看護の資源は足の不自由な連れ合いと日中が自由にならない勤め人の息子コンビと知っての戯言かぁ。というか、マジ顔で言うからには、これがホスピス業界の世間相場というところなのか、ムムム。)


ご不満かもしれないかなとは思います。でもね、先月この病棟で16人の患者さんが亡くなりました。2日に1人という勘定になりますよね。
仮にお父さんが今すぐ入られたとして、個室ですから目の当たりになるわけではありませんが、やっぱりわかる訳ですよ、死んでいったことが。
まだの人がそういった環境下に置かれることって果たして健康的なことなんでしょうかねぇ?


(そりゃ...そーじゃないわな。)


私はね、ホスピス病棟として多くの入院のニーズに応えていかなければならないんですよ。すみませんがこういった事情はわかって下さい。では。


(でも、現実にうちの父も今困っているんだぁ!!)


私の心の声は、死に場所を提供していく責務と、20床分の終わることなく繰り返される死に対して疲れている先生に、実際の声となることはなかったのでした。

明日に続く。

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  1. 2008/11/24(月) 07:20:43|
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ホスピスで親を看取る その11

翌週の金曜日は、2番手の佼成病院と、慶應から紹介された西荻窪の病院を午後2軒はしごしなければなりませんでした。


佼成病院では、医長(病院長の兼務)と緩和ケア専門の資格をお持ちの看護婦さんのふたりが相手。

現在慶應病院に入院中であるが、圧迫骨折は安静での治癒待ちだしガンは治癒の見込み無しで、いずれにしても退院を迫られていること。
家族としては看護の資源が十分ではないこと。
父は見込みのない治療の継続より安楽な死までの時間を過ごす(=ホスピス入院)ことを望んでいること。

だんだん話しているうちに、先週のブース記念病院でのやり取りが頭をもたげてきて、


父にはちゃんと意識があるうちに少しでも長く穏やかな時間を過ごしてもらいたいと思っています。
今までの長い人生のなかであんなこともあった、こんなこともあったと、いいことも悪いことも一つ一つケリをつけて逝ってほしい。
もうすぐ死にそうだからという段階になってホスピスの綺麗な部屋に入れてもらっても全く意味がない。
痛み止めバンバンくらって朦朧としているだけなら、一般病院の個室でも十分。その段階の父にはどちらも何ら変わりがない。
私達が欲しいのは、痛みを適正にコントロールし、死への恐怖を紛らわしながら、人生を総括できる時間と空間なのです。


あ~あ、言っちゃたよ。あちらにしたらブース記念病院の一件の八つ当たりに感じただろうなぁ。


ご事情のほどはわかりました。この後、何組か面談してから審査会がありまして、受け入れの順番を病院側として判断しまして、ベッドが空き次第ご連絡します。

(へい、了解)


さぁ、次は西荻窪だ。えっほえっほと急いで行くと、そこは町医者が手広くやっているという向きの病院でした。


うちは私が二代目で、前は産婦人科だった関係もあってホスピスのようなアメニティにも配慮した病室というわけにもいきませんが、末期患者のケアをやりたくて、そういった方を中心に受け入れています。
そんなことで慶應病院とも患者さんが転院した繋がりがあって今回ご紹介を受けたわけです。
ホスピスが希望と言うことで、ベッドの状況にもよりますがうちをそれまでの繋ぎとしても結構です。
そうですか、ブース記念病院と佼成病院に行かれたのですね。え、これから東京衛生病院も予約?前の二つの方が絶対早いですよ。
ま、いろいろ迷ってらっしゃるようですが、設備とかそういうのは二次的なものであって、決め手は

この先生のところなら死んでもいいかな

ですよ。

(そりゃ、選り取りみどりなら、それも「アリ」でしょうが...。)


入社の最終面接を連続で受けたようで、さすがにヘロったおやじは陽の暮れた西荻窪駅から真っ直ぐ根城に帰りました。

明日に続く。

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  1. 2008/11/24(月) 07:19:59|
  2. 未分類

ホスピスで親を看取る その12

それは翌週の中頃、あっけなく決まってしまいました。


佼成病院です。お父様の受け入れの件ですが、25日にベッドをご用意できますので、入院されるかどうかのお返事をいただきたいと思います。お電話お待ちしております。ピー...。

?????


はぁ?面談は18日だったし、ブース記念病院には足払い、うんにゃ内股透かし一本負けをくらってるだけに、にわかには信じられない面持ちで、

あの~、KUNIEですが、緩和ケア病床お願いします。
はい、KUNIEです。お電話いただきましてありがとうございます。
え、部屋は差額の方。1万8千900円。あ、はい、結構です。今いる慶應病院の転院の調整に25日ぴったりとはいきませんが2~3日で移れると思いますがよろしいでしょうか?
はい、はい、ありがとうございます。


ふ~、ホスピス待機の流浪の民から解放されたぁー。

良かったぁとは思いながら、施設的には高台6階建の最上階病棟専用の広いベランダ付きの眺望開けたブース記念病院より、低地4階建最上階だけど眺め悪しの佼成病院に決まっちまったかぁと、縁の濃淡ははっきりしているのに、西荻窪の先生の

この先生のとこなら死んでもいいか

というポイントに自分自身が腑に落ちてないこともあって、ホスピス待機のまま死なれてしまった方のご家族には申し訳ないけれど、これでいいのかな~??のまま勝手にGOサインを出してしまいました。

えっと、ホントなら冒頭の方で詳しく話しておくべきだったのですが、東京都にあるホスピスのおおよそ半数は差額ベッドです。
というか基本的には個室というのがホスピスのコンセプトの理想形なので、個室で無差額である方が医療費的にはとっても恵まれている(無差額ですが個室ではない複数人部屋は89床なので、無差額の個室は全体の342床/2という訳にはいかないのです。)わけで、一般病棟であれば差額が当たり前のところを無差額に出来るのも、経営母体が公共団体若しくは宗教団体などでなければ維持できないのではないのかなと思わせるところがあります。(ブース記念病院はキリスト教系、佼成病院は仏教系、アタックしなかった東京衛生病院もキリスト教系ですね。勿論いずれも入信や改宗を強いることなどありません。)


さあ、転院初日、慶應病院の個室の倍の面積に障子紙の洒落た窓。思わず父が

まるで新婚さんの部屋みたいに綺麗だな。KUNIE、ここいくらした?

ん、1日1万8千900円。慶應の個室の2/3だよ。

そうか、ここはお得だ、お得だな、アッハッハ。

(別にここだって金が出ていくのに変わりはないのに...)

とは言うものの、こんなことでちびまる子ちゃんの友蔵じいさんのように無邪気に痛さを忘れて笑ってくれる父をたしなめる気にはなれなかったのでした。

明日に続く。

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  1. 2008/11/24(月) 07:19:01|
  2. 未分類

ホスピスで親を看取る その13

ホスピスのことは考えているけれど初めてのことなので途方に暮れている人、待機が多いとの噂で二の足を踏んでいる人に

受け入れてもらうテクニックはこうですよ

と伝授してあげれると良いのですが、はっきり言って

私にもわからない

というのが正直なところです。

姉の時はホスピスの面談で「痛くなったらすぐ来なさい」と言われて、2週間後に腹痛→入院→2ヶ月後に死去と言った具合でした。

父の場合は慶應病院で余命宣告はあったものの、面談時の最初のブース記念病院→やりようによっては6ヶ月もつ→よって在宅療養での待機→在宅担当医の判断で入院。次の佼成病院→面談時ジャッジ無し→翌週入院可の提示→入院から2ヶ月後に死去。

結果だけ見ると、姉も父も入院2ヶ月で死んでしまったわけです。だから2ヶ月から逆算すると、6ヶ月としたブース記念病院の方の見立ては誤りと言えなくもありません。
しかし、2ヶ月も6ヶ月も、それこそ優柔不断で困らされた慶應病院の先生の

「どれだけもつかは誰もわからないのです。」

の範疇の中で、ブースの先生は多目に見積もっただけと考えることもできます。

で、佼成病院の先生の方はと言うと、レントゲンを見ながら胃だけでなく肺への転移の想定を示したこと、背骨の圧縮骨折を療養の上でのマイナスポイントとして評価してくれたこと、在宅療養を示唆しなかった(=こちらの看護体制が十分でないことを理解してくれた??)こと、などが相違点として挙げられます。

二つのホスピスで感じたこと(あと慶應病院と西荻窪の病院も入れると四つですが)は、それぞれに医療者としての自負があって、なかなか患者側が

自分達はこういう状況である

と思っている(勝手に望んでいる)立ち位置と違う見解を医者から示されることで、医療の素人であるこちらはそのたびに傷ついたり振り回されたりしました。
彼ら医者は自分の見解を自信を持って言えばいい訳ですから。まったく責任を持った無責任な発言とでも言いましょうか。向こうはあちら側、こっちはこちら側と、立場が違うことの前提を頭によく刷り込んでおく必要があります。

私には慶應病院の療養支援室の看護婦さんという第3の目のような存在がいて有難かったのですが、誰もがこのような援助を手に出来るとは限りません。
自分達でやり進んでいっても状況把握は否応なしにできるようになると思いますが、そこまでに相当迷うか無駄な動きで時間がかかることでしょう。それでなくてもこの時期スケジュール帳に予定を埋める以上に雑多な事に煩わされて気持ちの疲れることが多かったような気がしますので、鮮度のいい正しい情報(決して壺など買って祈らないように)を仕入れる工夫を是非早いうちから試みて下さい。

明日に続く。

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  1. 2008/11/24(月) 07:17:29|
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ホスピスで親を看取る その14

ここでは「お医者様」ではなく「患者様」がいるのです。
ですからこの病棟では「患者様」の希望を基に医療を考えていきたいと思っていますので、普通の病院のような「先生、よろしくお願いします。」では、私達が上手く動くことができません。
「何がいい」、「何はいやだ」、「どうして欲しい」と言っていただければ、その希望に沿って私達は動きます。
だから、何かを患者さんの側から言っていただかなければならないので、一般の病棟より面倒かもしれませんねぇ。

そう言って、ホスピス病棟の医長の先生は笑いました。

担当します看護師です。お父様は前の病院ではどのように過ごされていましたか?
体調が良い時悪い時の特徴ですとか、例えばこんな時は静かにほっておいて欲しいとか、教えて下さい。

そうそう、これだよね。こうこなくっちゃ、ホスピスは。

入院直後の説明でスタッフの姿勢はこんな感じ。
で、入院直後の部屋は差額ベッドなので置いといて、そこそこの時期で移れた無差額ベッドはどんな部屋かと申しますと、

◆個室で、総床面積は十畳程度。
◆トイレ付きで、造りは車椅子対応。
◆洗面台と小振りのホテルサイズの冷蔵庫、液晶テレビ(テレビカード購入で視聴)、大人二人掛けの椅子。
◆収納は洗面台の上下、テレビ下、椅子の下と合わせてミカン箱サイズの段ボール4つ分位が入れられます。
◆個室の他には、病棟専用の談話室、寝たまま入れる入浴室、患者の家族が泊まれる家族室に加えて、家族の見舞いは24時間いつでもOKです。

入院してほどなく、見舞いに行ってみると、ちょっと前にかき氷を食べたとのこと。

え、じいちゃん、そんなに暑いんかい?

いや、KUNIE、そうじゃないんだ。何でもこれがものを食べるために顎を動かす訓練なんだそうだ。
固いものだといやになってしまうけれど、氷だと小さいしさっぱりしているから食欲がなくても口にしてもいいかなと思うし、噛むのに疲れても自然に溶けてくれるからいいんだよ。

ふ~ん。

これは、入院の説明の時に先生から提案のあった高カロリー輸液(点滴)を1日フルの量から落として、たとえ量は十分でないにしても口から食べ物をとる本来の食欲を少しでも回復させる事に賛成したので、これを具体的に実行し始めたんだなぁと思いました。

こんなふうに、「老い先短いから安定してればもう何もせずともいいや」ではなく、「ガン治療を止めたのだから、もっともっとお迎えが来るまで普段と変わらないように質を向上させよう」というアクションはまだ続くのでした。

明日に続く。

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  1. 2008/11/24(月) 07:16:38|
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ホスピスで親を看取る その15

もしもし、KUNIE様の携帯ですか?こちらは佼成病院の緩和ケア病棟です。
お父様の背骨の痛みの措置の事でお電話しました。恐縮ですが病棟の方までお電話ください。ピー...。

ん?圧迫骨折って更に悪くなんのかいな?後は固まるだけって聞いてたけれど。

あ、佼成病院ですか。緩和ケア病棟をお願いします。
もしもし、KUNIEです。お電話いただきまして。え、先生からお話しが。先生、いつもお世話様です。

はい?父の腰の位置の骨折の痛みをとる?外来に週1で来る外部のペインクリニックの先生が処置出来るって。は~、針を刺して先端から熱を出し患部の神経を焼ききってしまえば感覚がなくなって楽になる訳ですか、フムフム。下半身マヒとか諸々のリスクは?低い。あ、それでしたら措置をお願いします。同意書?ご時勢ですね。メールのPDFファイルを出力してサインしたのを送り返せばよろしいのですか、はい。

こうして同意書を差し入れた1週間後に、父は硬いレントゲン台に乗りながら体勢をあれやこれやと変えさせられてとても疲れたと言いながら

だけど、痛みがとれたんだよ~。

と嬉しそうでした。

でも、不思議です。前の慶應病院はペインクリニックを常設で持つのに、なぜ同じような措置をしてくれなかったのでしょう?

これが「当たりハズレ」「縁のある無し」とでも言うものなのでしょうか?
過去のことを愚痴っていても仕方がないので、また一つホスピスの精神に沿って患者様のためにいいことをしてもらいましたとさ。
以後も父は腰に手がいく癖は抜けませんでしたが、お陰様で死ぬまでの1ヶ月は腰からの痛みからかなり解放されました。

明日に続く。

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  1. 2008/11/24(月) 07:06:43|
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ホスピスで親を看取る その16

父にホスピスに入ってもらったのは、ガン治療での治癒の望みが無い以上、治療で疲弊するより疼痛(痛みを抑える)コントロールを専門としたところが良いであろう、静かな環境(個室)でのんびり昔のことを振り返って笑うも泣くも好きに出来るだろう、と思ったからです。

なので、入院したら程なく昔の若かった頃の白黒写真を持ち込み、機械音痴の父にもわかるよう、九州の兄弟の電話番号を電話帳に登録した携帯電話を持っていき、好きな時に好きなだけかけれるよと手渡しました。

毎日べったりいた訳じゃないから分かりませんが、端で見ていた限りではそれらはあまり役に立たなかったようでした。

やはり一番の理由は体調で、入院2ヶ月のうち前半は圧迫骨折の痛みで、電熱凝固法で神経ブロックが出来た後も、骨折の痛みに隠れていたガンの痛みで、いつも体調が緩いか急かは別にしても右肩下がりで落ちていき、普段の過ごし方とは違う感情を動かされたり気を使うようなことができる元気がなかったように思います。(頭の中では哲学してたかもしれませんね)

死ぬ前の1週間くらいはホントにどよよんとペットに身を横たえて意識レベルも低下しましたが、それまでは普通の会話が出来ました。
父は、例えば旅行でも時刻表を細かく書き出して、出発の30分前には乗り場に着いているような前もっていろいろ決めておく性格の人でしたので、それをいいことにしてこれから判断に迷いそうな事をズケズケ聞いていきました。それこそ個室だから出来る事です。

とりあえずは差し迫った19年の確定申告、次は相続、葬式の進め方、葬式を誰に伝えるか。

特に葬式に呼ぶ人間の連絡先までそらんじているわけではないし、暮れの喪中欠礼の時に連絡をくれた人がどんな関係だか???もなんなので、思いきって直近の年賀状の束を持って病室に行きました。

じいちゃん、この人は?

会社の同僚。知らせてくれ。

この人は?

ああ、これはいい。パス。

ん、この人は聞いたことあるね。

ああ、こいつは大学の同級生だ。死んだHと一緒の仲間だよ。Hは知っているだろ?こいつには電話してくれ。

とまぁ、結局年賀状の束の中から交遊関係で5人の方が「電話してくれ」のご指名となり、老人会の80過ぎのおひとりが代理の方を立てた他は全員が来て下さいました。

父はこうして自分ではできない死んだ後の事を私に伝えて、自分のイメージ通りの葬式をすることが出来たのです。

明日に続く。

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  1. 2008/11/24(月) 07:05:36|
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ホスピスで親を看取る その17

2月に圧迫骨折部位の神経ブロック措置が効果を発揮したものの、身体全体が衰えてくるのは否めないので、先生に希望を伝えて3月に入ってすぐに民間救急車を使い実家に2泊の外泊をさせました。

前回は1月、年の瀬から慶應病院のスタッフが皆こぞって

少しでもしっかりしているうちに家に連れて帰ってあげなさい。

と勧めるのに従って外泊したのを本人が喜んだので、今回はこれが最後だなぁと思いながら実家に連れて帰りました。

前回は終日高カロリー輸液の点滴をしていたので、外泊に当たっては点滴用のポータブル電動ポンプの扱い方と、血液が逆流になった場合の血栓を防ぐ薬剤の注入など2回くらい手解きを受けに病院へ仕事帰りに寄ったものです。

が、今回は口から食べ物を食べるために点滴を絞っていました(これはガン細胞への栄養供給を絞る目的も含んでいます)から、事前の準備は何かなと思っていると、

2泊くらいのことだから前日に点滴フルで入れておきますから、極端に言えば栄養は何もとらなくても大丈夫です。

と言うことで点滴は無し。

だが、その代わりに前回にはない追加事項があって、それは

お父様には床擦れができています。ずっと同じ姿勢で寝ていて重さのかかる部分の皮膚が傷んでくるあれですね。
で、これがひどくならないように、毎日3時間おきに姿勢を変えてあげて下さい。日中は目覚めていれば自然と動きますけど、夜は多分ずっとあお向けで寝てるので、きっちりお願いしますね。

...(俺はもうひとりの誰かと交代制勤務ってわけにはいかないんですけどぉ...)はぁい。

てなもんでやりましたよ、土・日・月の深夜起床。赤ちゃんの授乳に比べればまだいい方なんでしょうね、やったことないけど。

床擦れの体位変えの他には、下(しも)の関係も私の分担でした。

父は腰が痛かったくせに腰を上げることが出来たので、これはオムツ替えにとても大助かり。でも、月曜日の朝に民間救急車が迎えにきたところで緩い「大」が出て、これには往生こきました。
自分の子供が赤ん坊の時は、片手で両足摘み上げてチョイチョイ一丁上がりでしたが、さすがに老いたりと言えどそこは大人。やっぱり大変。

こうして2泊3日の外泊は終わったわけですが、今振り返って考えてみると、長期ではできない!少なくともそれなりの覚悟以上に現実的なそれなりの準備があって

終わりがあるから出来た。

というところでしょうか。

2泊3日では出来ました。でも、それ以上は平日の勤めもあるので無理でしょうというのが正直な感想です。

私はそうではない、私は家族としてやり抜けるという決断をされる方も多いかと思います。

もし、そうであるなら、出来るという検証を具体的にやってみて下さい。注意しなければいけないことは、看護する相手は弱っていくということです。

こんなはずじゃなかった!

と、言わないように。それが私の願いです。

明日に続く。

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  1. 2008/11/24(月) 07:03:26|
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ホスピスで親を看取る その18

今は、階段を降りて踊り場に着き落ち着いていたのが、また一歩降り始めたというところだと思います。

で、私からご家族にお願いしたいのは、「その時」を探そうとしないで欲しいんです。
周りの人間が「もう危ないんじゃないだろうか」と感じて、いつもより余計に多くの人がいたり長くいたりすると、患者さんからしてみると

おい、仕事の方は大丈夫なのか? ほら、こんなに長くいて子供達の面倒はどうしたんだ?

と、自分が周りの重しになっていて安らぐことができない、安心して逝くことができないのではないかと考えています。

実際、「また明日来るからね」と言葉を交わして1時間後にお亡くなりになるとかされると、「なんでもう少しいてあげなかったんだろう」と嘆く遺族の方がいらっしゃいますが、そうではなくて「もう逝ってもいいんだ」という時を感じたからお亡くなりになった。自分で、あっちの世界に行ってもいいんだと思えたから亡くなられたんだと捉えて欲しいのです。

つまり患者さん本人は嘆いていないのだから、家族の方がその場にいることは望ましいかもしれませんが、もしいることが出来なかったとしても嘆かないで下さい。ああ、向こうに行くことが出来たんだなぁと思っていただけると、患者さん本人も満足するのではないのかなぁと、私は考えるのです。

父の会話や動きがゆっくりしてきたので、今後の見通しと対処方針の確認をお願いした話し合いの場で、医長の先生はこうおっしゃいました。

実際、父はこの日から5日後に亡くなりました。
亡くなるのに二つの山があって、二つとも病院から呼び出しがあり、二つ目は佐久から何回目かの私の家族を呼び寄せて、もう生きて会うのは最後になるが今日はこんなもんだよなぁと思いながら、帰らなくっちゃと言ったものの忘れ物を探して実家と病院をウロウロ移動しているうちに呼び出しがあったのです。
ということで、最後の日には私の家族も病院にいることができ、結果として私の母と子供(孫)が「その時」に立ち会ったこととなりました。

あれ、おじいちゃん、静かだねぇ。目つむっちゃったよ。

ホントだ。静かだねぇ。あれ、息してないよ。

後で子供に、

パパ、夜爪切ったでしょう。

うん、全く気にせず切っちょります。

私は「その時」にいなかったことを全く後悔していません。
ひとりで逝くことさえ考えられたのに、結果は母と孫をそばにして旅立つことが出来たのですから。

「その時」の可能性を知らせてくれた佼成病院ホスピス病棟の看護婦さんにも感謝です。
まさに「先達はあらまほしきものなり」。死と縁遠い日常では、「危ないかもしれない」というアドバイスは貴重です。「在宅」だったら「???」だらけで見過ごしていたかもしれません。

それと、私の妻にも感謝です。ほぼ、父業放棄で息子業に専念させてくれたわけで、私の家族の諸事万端をひとりでこなしてくれて、

本当にどうもありがとう

です。

明日に続く。

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  1. 2008/11/24(月) 07:02:15|
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ホスピスで親を看取る 最終回

私の父は大学病院で余命宣告を受けてから1ヶ月半ほどでホスピス転院し2ヶ月の後に亡くなりました。

ホスピス転院は自分でも結果的にうまくいったと思います。
そこには転院に至る道筋の中で、良い方向に導いたポイントが三つあったと思います。

一番目は、告知後にホスピス面談の予約を直ぐとったこと。
二番目は、ホスピス入院待機となった時に在宅療養以外の選択肢があったこと。
三番目は、転院まで大学病院が通常以上の長さで入院を許容してくれたことだと思います。

振り返ってみると、ホスピスの面談予約から実際の面談まで2軒とも1ヶ月の間がありました。ホスピス入院要件余命6ヶ月以内での1ヶ月ですから、この期間は大きいですよね。
実際、私は前に記した2軒だけではまずいのではないかと思って、後から杉並区荻窪の東京衛生病院にも面談予約の電話をいれたところ、予約受付開始日は月一回平日と決まっていて、大抵その日の午前中にいっぱいになるんだとか。結局、キャンセル待ちのリストに加えてもらい、結果としてお世話になることはありませんでした。

3軒とも予約の際に「他の病院と二股掛けますがよろしいですか?」と一応の仁義は切りましたが、皆当たり前と言わんばかりに「ええ、どうぞ」と言われ、入院を希望する側はあなた一筋ではラチがあかない事情を証明するかのようで、それだけに「面談予約」の初動が早いか否かが大きいと思います。
私のように、極端な話し本人の意志確認など待たされている1ヶ月の間にゆっくりやればいいのですから。
キャンセルについてのペナルティーもないことですしね。

二番目は、緩和ケア医療のできる一般病院を大学病院から紹介されて、その存在を知っていたこと。
最初面談したホスピスでは、父の順番は遅く在宅療養を提示され、そのホスピスが連携している訪問看護ステーションはなんと実家からそのホスピスを軸に全く反対側に位置し、車で3~40分。実家の側には紹介出来るところはないとのことで、

大学病院・一般病院→ホスピス

の「→」の中に含まれる時間帯(下手をすると数ヶ月~転院間に合わず)にどうするかは大きな問題だと思います。
もし、緩和ケアの出来る一般病院を知らなかった(結果として使いませんでしたが)なら、そのままホスピスと連携した訪問看護ステーションを、私達家族が在宅で看護が出来るかもわからないまま選んでいたことでしょう。

もっとも、父が死んだ後にNHK総合でホスピス病院上がりの在宅訪問専門の横浜市の医師のドキュメンタリーを見ました。もしかしたらあなたのお近くにはそんな医師がいるのかもしれません。(世のホスピスの数からすると、OBで活躍する人も決して多くはないんでしょうけれど。)

三番目は、

え?普通3週間で出て行ってくれですよ

と言われたくらいビックリされた、大学病院の受け入れ期間の長さです。

痛さが引く目処が立つこと無しに、決して追い出すことなんてしませんから。

私に「誰もわからないんだから、あと何ヵ月とは言わない」と余命宣告を肩代わりさせた先生の父に言った言葉です。

この先生も、良くも悪くも誠実だったのでしょう。ホスピス転院までののらりくらりに嫌みも言わず置いてくれた慶應大学病院が、療養支援室のサポートも含めて父のスムーズなホスピス転院の功労者だったなぁと思います。
いろいろお世話になりました。どうもありがとうございました。

あと、内容としては恵まれている例で長々日記に付き合わせてしまい、今現実に在宅で困っている方の参考にはなれず申し訳ないです。
転院前、ホスピスをこちらが持ち出す前は「在宅」での訪問看護が基本のようなニュアンスで病院側から退院するよう話しを切り出されました。
ここ何年かで、急速に治癒の見込めない患者さんは病院から閉め出されているようです。なにも病院が死ぬ場所と決まっている訳ではありませんが、家で皆が皆何も苦しまずにすぐポックリ死ぬはずもなく、「その時」まで生きている人をどう看護するかは大きな問題だと思いました。

では、やっと今日で終わりです。

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  1. 2008/11/24(月) 07:00:05|
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